持続可能な開発目標(SDGs)と金融包摂

 「金融包摂」は、すべての人がフォーマルな金融仲介機関によって提供される基本的な金融サービスに適切なコストでアクセスし、利用できるようになることと定義されています。この概念は、以前から存在していましたが、金融包摂という言葉で語られ、広く知られるようになったのは2000年代と比較的最近のことです。

 金融包摂と密接な関係を持ち、そして金融包摂よりも広く一般に定着している言葉に「持続可能な開発目標(SDGs)」があります。前身のミレニアム開発目標を引き継ぐ形で、2015年に国連で決定されたこの開発目標は17の大きな目標から構成されており、各目標に付随する169のターゲットを見ると、アクセスという言葉が頻繁に出てくることに気付きます。アクセスは機会の平等を実現することを意味している訳ですが、金融包摂、すなわち金融サービスへのアクセスについてもこの中に含まれます。そこで以下では、SDGsについて、金融包摂との関わりという観点から考えてみたいと思います。

 SDGsのターゲットの中で、金融へのアクセスに少しでも言及しているのは、1.4、2.3、5.a、8.3、8.10、そして9.3になります。このうち、目標8「働きがいも経済成長も」に付随するターゲット8.10は、「国内金融機関の能力を強化し、すべての人々の銀行取引、保険、そして金融サービスへのアクセスを促進・拡大すること」となっており、これはまさに金融包摂の促進そのものの内容となっています。SDGsは、このターゲット8.10の進捗を客観的に計測するために2つの指標を設定しています。一つ目の指標は、「成人10万人当たりの商業銀行の支店と現金自動預払機(ATM)の数」、そしてもう一つの指標は、「銀行やその他の金融機関に口座を持つ15歳以上の成人の割合、もしくはモバイルマネーサービス提供業者を利用する15歳以上の成人の割合」です。

 それでは実際に、これらの指標からSDGsのターゲット8.10、すなわち金融包摂の進展について概観してみたいと思います。初めは商業銀行の支店とATMの数についてです。これらは実証研究において、金融包摂の中でも金融アクセスの程度を計測する指標として広く用いられている指標でもあります。国際通貨基金のデータベース「Financial Access Survey」に基づき、世界各国を所得別に分けて2015年から直近の2021年までの各国平均値の推移を見ると、成人10万人当たりの商業銀行の支店数は、高所得国では2015年の29.1支店から2021年の21.9支店までほぼ一貫して減少しています。これに対して、中所得国では15.3支店から14.8支店、そして低所得国では3.3支店から3.2支店に安定的に推移しています。また、成人10万人当たりのATMの数については、高所得国では2015年の90.3台から2021年の86.1台に減少する一方、中所得国と低所得国ではそれぞれ36.6台から39.8台、4.0台から4.8台に増加しています。以上の推移からは、高所得国と中・低所得国の間には依然として支店とATMの数に大きな差が存在していることが分かります。また、そしてその差は2015年から2021年にかけて縮小傾向を示していますが、特に高所得国と低所得国の間の差の縮小は、低所得国における支店とATMの増加というよりはむしろ高所得国における支店とATMの減少によるところが大きいことが分かります。このため、発展途上国、特に低所得国では支店やATMの数が絶対的に少なく、金融サービスの供給側である物理的な金融ネットワークの構築がなかなか進んでいない現状が垣間見えます。

 他方、もう一つの指標である、銀行やその他の金融機関に口座を持つ15歳以上の成人の割合、そしてモバイルマネーサービス提供業者を利用する15歳以上の成人の割合についてはどうでしょうか?関連するデータは世界銀行のデータベース「Global Financial Inclusion(Global Findex)」から入手することができます。直近の2021年版から成人の口座保有割合を見ると、全体の傾向として、高所得国、中所得、低所得国の順に保有割合が高くなっています(平均値はそれぞれ96%、52%、21%)。このため、金融サービスの需要者側から見た場合でも、所得水準に応じて口座の利用状況に大きな差が存在していることが分かります。しかし、口座所有割合について、モバイルマネーサービスに限って見ると、状況は少し異なります。すなわち、サブサハラアフリカの低・中所得国が比較的高い割合となっており、例えば、モバイルマネーサービス提供業者を利用する15歳以上の成人の割合が10%以上である26ヶ国中、23ヶ国までがサブサハラアフリカの国となっています。

 以上のように、金融包摂は所得水準が高い国ほど進んでおり、反対に、特に低所得国では未だ深刻な課題となっています。これは金融以外のSDGsの目標にもある程度当てはまる現象であると思います。しかし、近年、アフリカの途上国を中心にデジタルデバイスを活用した金融サービスへのアクセスや利用の拡大が急速進んでおり、銀行を始めとする金融機関の物理的な金融ネットワークの構築や利用を代替する動きが広がっています。このため、従来型の金融包摂だけでなく、デジタルデバイスを活用した金融包摂である「デジタル金融包摂」という新たな視点を持つことが金融面でのSDGsの実現を考える上で一層重要になると思われます。

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