在外研究から戻りました

2024年3月、1年間のタイ・チュラロンコン大学での在外研究を終えて日本に帰国しました。タイでは、デジタル金融包摂を軸に、開発金融に関する様々なテーマを研究することができました。研究活動以外にも、居住していたバンコクから離れた地域に赴き、タイの都市部と農村部における金融発展の現状を見聞することができ、大変勉強になりました。

4月からは神戸大学での研究・教育生活に戻っています。昨年度の在外研究の経験を糧にして、開発金融の研究を発展させていきたいと考えています。

タイのNon-immigrantビザ取得について

1年間の予定でタイの大学で在外研究することになり、2023年3月、タイのnon-immigrant RSビザを取得しました。ビザ取得は結構大変で、初めての方にとってはなおさらだと思います。そこで、私の経験談を簡単に書かせて頂きます。参考になれば幸いです。

【日本でビザの申請】

渡航予定の約半年前、タイで受け入れを希望する大学から受け入れの内諾をもらい、この大学経由で、National Research Council of Thailand(NRCT)というタイの政府機関に調査研究課題を提出しました。

その後、ビザ発給に必要な書類を揃え、渡航予定まで約1ヶ月というタイミングで、申請手続きを開始しました。私は関西在住のため、ビザ取得の手続きは在大阪総領事館で行いました。まず総領事館のウェブサイトを通じて申請日時の事前予約を行い、必要書類を携えて、調査研究用のビザを申請しました。この際、提出した書類は以下のとおりです。

①パスポートの原本とコピー

②ビザ(査証)申請書

③証明写真(4.5×3.5cm)

④Personal History

⑤NRCT発行の研究許可書

⑥受け入れ先機関発行の招聘状

⑦日本の所属先機関発行の推薦状

⑧航空券、もしくは予約確認書のコピー

この書類の中で、一番大変だったのがNRCT発行の書類を入手することです。受け入れ先大学を通じてNRCT宛てに調査研究課題を提出した後、4ヶ月ほど経ってから受け入れ先大学を通じて私宛てにNRCT発行の英文の研究許可書が送られてきました。私はこれをビザ申請の必要書類だと思い込んでしまい総領事館に提出したのですが、これはビザ発給に必要な書類でありませんでした。別途、在日本総領事宛て(もしくは在日本大使宛て)にNRCTが発給したタイ語で書かれた研究許可書がビザ発給のための書類として必要になります。

また、上記⑤から⑦の書類は原本でないとビザは発給してもらえません。このため、⑤の研究許可書の原本を入手するために、急遽、受け入れ先大学の国際交流課に連絡を取りましたが、「この書類は直ぐにはNRCTに発行してもらえない」という回答があるのみでした。出発日が迫っていたので、直接NRCTにメールを書き、総領事宛ての研究許可書の発行をお願いしました。幸いNRCTの担当の方には親切に対応して頂き、何とか渡航前にこの原本を総領事館に提出することはできました。

この際、総領事館には1年間有効のマルチビザを申請しましたが、実際に発給されたのは3ヶ月間有効のシングルビザでした。発給の際、総領事館の方からは「渡航後に現地でビザの切り替えを行ってください」と言われました。このときなぜ総領事館でマルチビザが発給されなかったのかについて特に説明はなく、結局、理由も分かりませんでした。最近、タイはビザ取得を厳しくしているそうなので、その一環なのかもしれません。

【現地で再入国申請】

1年間の滞在予定のため、3ヶ月ビザのまま滞在していると当然、オーバーステイの状態になってしまいます。このため、現地到着後、ビザの延長申請を行いました。但し、「入国直後に延長申請はできない」というインターネット上での情報もあり、タイミングを見て延長申請を行うことにしました。

延長申請までの間に、日本に一時帰国する用務ができたため、再入国許可の申請を行いました。この申請をしないまま、出国してしまうと、その時点でビザは失効してしまいます。このため、ビザを持っていてビザの残存期間中に一時的に出国する必要がある方は気を付けてください。

再入国許可申請は、バンコクではイミグレーションでも空港(スワンナプーム・ドンムアン)でも行えます。私は結局、イミグレーションとスワンナプーム空港で1回ずつ再入国許可申請をしましたが、所要時間はイミグレーションでは2時間半、空港では15分程度だったので、空港の方が圧倒的に短く済みます。

再入国許可にはシングルとマルチの2種類があります。シングルは出国1回のみ有効、マルチは複数回有効という違いがあります。費用はシングルが1000バーツ、マルチは3800バーツでした。私は3ヶ月ビザのときにシングルを1回取り、1年ビザに延長してからマルチを取りましたが、費用のことだけを考えると、ビザ有効期間中に4回以上出国する予定がある方は最初からマルチを取った方がお得です。

なお、スワンナプーム空港では手荷物検査の後、出国審査の前に再入国許可申請を行いますが、複数ある出国ゲートの内、中央のゲートから出ないとこの申請はできません。私は中央の出国ゲートに行き、念のため係員に「リエントリーパーミッション」などと言って、申請できるかを確認した上で、出国ゲートを通過しました。ちなみに、再入国許可申請に必要な書類は以下のとおりです。

①申請書(TM8)

②証明写真1枚(4×6cm)

③パスポートのコピー(顔写真、ビザ、最新入国スタンプの各ページ)

【現地でビザの延長申請】

渡航してから72日目にバンコクのイミグレーションでビザの延長申請を行いました。色々なウェブサイトにも記載されているように、イミグレーションはだいたい非常に混んでいます。このため、もしその日のうちに、できれば午前中に延長申請を終わらせたいということであれば、やはり早めに行って並ぶ方が無難でしょう。私は朝5:00頃にタクシーでイミグレーションに到着しましたが、それでも8番目でした。私が行った日は7:00過ぎまで整理券が配布されており、この整理券をゲットできれば、整理券が配布される場所近くに置かれている整理券の番号が付いた椅子に座って、業務開始の8:30を待つことになります。整理券をもらえない場合は、入口近くに自然発生的にできる列に並んで、整理券組が入場した後に、中に入ることになります。なお、イミグレーションは時間指定の事前予約もできるので、予め日程が決まっている方は予約するという選択肢もあります。

8:30になると、イミグレーションの扉が開き、中に入ることができます。そこで改めて係員から番号札を渡されるので、そこに記載されている場所に行って、自分の番号が電光掲示板に表示され、番号が呼ばれるのを待ちます。1時間ほど待って、ようやく自分の順番が来て、結局、ビザ延長されたパスポートを受け取ったのは10:00頃でした。なお、ビザ延長に際して提出した書類は以下のとおりです。

①申請書(TM7)

②証明写真1枚(4×6cm)

③パスポートのコピー(顔写真、ビザ、最新入国スタンプの各ページ)

④NRCTからのレター

⑤Acknowledgement of Term and Condition for a Permit of Temporary Stay in the Kingdom of Thailand

⑥Acknowledgement of Penalties for a Visa Overstay

⑦滞在アパートの契約書

最後に、私は約20年ほど前、イギリスの大学院に留学するために1年有効の学生ビザを取得しました。そのときのビザに関する記憶は、年数が経っているので既に曖昧なのですが、ほとんど忘れてしまうほど手続きは煩雑ではなかったのだろうと思います。それに比べて、今回、タイのビザを取得することは非常に大変だった、というのが率直な感想です。

中でも一番困ったのは、自分では準備できない書類がいつ入手できるか分からないということでした。私はタイ渡航の半年前から少しずつビザ取得に向けて書類の準備を進めていたのですが、それでもビザ発給は結局、渡航の直前になりました。時間には余裕を持って、計画的に自分でできる準備を進めることに加え、受け入れ先の機関に書類作成を依頼する際には、関連して必要になる手続きや書類について、その都度何度も確認することも大切だと思います。

なお、ここまで記載した内容は2023年3月から7月までの経緯を纏めたものです。ビザについてはタイに限らず、発給条件が突然変更されることがあるので、申請に際してはタイ王国在日本大使館や総領事館、そしてイミグレーションのウェブサイトを見て、最新の情報を確認して頂ければと思います。

持続可能な開発目標(SDGs)と金融包摂

 「金融包摂」は、すべての人がフォーマルな金融仲介機関によって提供される基本的な金融サービスに適切なコストでアクセスし、利用できるようになることと定義されています。この概念は、以前から存在していましたが、金融包摂という言葉で語られ、広く知られるようになったのは2000年代と比較的最近のことです。

 金融包摂と密接な関係を持ち、そして金融包摂よりも広く一般に定着している言葉に「持続可能な開発目標(SDGs)」があります。前身のミレニアム開発目標を引き継ぐ形で、2015年に国連で決定されたこの開発目標は17の大きな目標から構成されており、各目標に付随する169のターゲットを見ると、アクセスという言葉が頻繁に出てくることに気付きます。アクセスは機会の平等を実現することを意味している訳ですが、金融包摂、すなわち金融サービスへのアクセスについてもこの中に含まれます。そこで以下では、SDGsについて、金融包摂との関わりという観点から考えてみたいと思います。

 SDGsのターゲットの中で、金融へのアクセスに少しでも言及しているのは、1.4、2.3、5.a、8.3、8.10、そして9.3になります。このうち、目標8「働きがいも経済成長も」に付随するターゲット8.10は、「国内金融機関の能力を強化し、すべての人々の銀行取引、保険、そして金融サービスへのアクセスを促進・拡大すること」となっており、これはまさに金融包摂の促進そのものの内容となっています。SDGsは、このターゲット8.10の進捗を客観的に計測するために2つの指標を設定しています。一つ目の指標は、「成人10万人当たりの商業銀行の支店と現金自動預払機(ATM)の数」、そしてもう一つの指標は、「銀行やその他の金融機関に口座を持つ15歳以上の成人の割合、もしくはモバイルマネーサービス提供業者を利用する15歳以上の成人の割合」です。

 それでは実際に、これらの指標からSDGsのターゲット8.10、すなわち金融包摂の進展について概観してみたいと思います。初めは商業銀行の支店とATMの数についてです。これらは実証研究において、金融包摂の中でも金融アクセスの程度を計測する指標として広く用いられている指標でもあります。国際通貨基金のデータベース「Financial Access Survey」に基づき、世界各国を所得別に分けて2015年から直近の2021年までの各国平均値の推移を見ると、成人10万人当たりの商業銀行の支店数は、高所得国では2015年の29.1支店から2021年の21.9支店までほぼ一貫して減少しています。これに対して、中所得国では15.3支店から14.8支店、そして低所得国では3.3支店から3.2支店に安定的に推移しています。また、成人10万人当たりのATMの数については、高所得国では2015年の90.3台から2021年の86.1台に減少する一方、中所得国と低所得国ではそれぞれ36.6台から39.8台、4.0台から4.8台に増加しています。以上の推移からは、高所得国と中・低所得国の間には依然として支店とATMの数に大きな差が存在していることが分かります。また、そしてその差は2015年から2021年にかけて縮小傾向を示していますが、特に高所得国と低所得国の間の差の縮小は、低所得国における支店とATMの増加というよりはむしろ高所得国における支店とATMの減少によるところが大きいことが分かります。このため、発展途上国、特に低所得国では支店やATMの数が絶対的に少なく、金融サービスの供給側である物理的な金融ネットワークの構築がなかなか進んでいない現状が垣間見えます。

 他方、もう一つの指標である、銀行やその他の金融機関に口座を持つ15歳以上の成人の割合、そしてモバイルマネーサービス提供業者を利用する15歳以上の成人の割合についてはどうでしょうか?関連するデータは世界銀行のデータベース「Global Financial Inclusion(Global Findex)」から入手することができます。直近の2021年版から成人の口座保有割合を見ると、全体の傾向として、高所得国、中所得、低所得国の順に保有割合が高くなっています(平均値はそれぞれ96%、52%、21%)。このため、金融サービスの需要者側から見た場合でも、所得水準に応じて口座の利用状況に大きな差が存在していることが分かります。しかし、口座所有割合について、モバイルマネーサービスに限って見ると、状況は少し異なります。すなわち、サブサハラアフリカの低・中所得国が比較的高い割合となっており、例えば、モバイルマネーサービス提供業者を利用する15歳以上の成人の割合が10%以上である26ヶ国中、23ヶ国までがサブサハラアフリカの国となっています。

 以上のように、金融包摂は所得水準が高い国ほど進んでおり、反対に、特に低所得国では未だ深刻な課題となっています。これは金融以外のSDGsの目標にもある程度当てはまる現象であると思います。しかし、近年、アフリカの途上国を中心にデジタルデバイスを活用した金融サービスへのアクセスや利用の拡大が急速進んでおり、銀行を始めとする金融機関の物理的な金融ネットワークの構築や利用を代替する動きが広がっています。このため、従来型の金融包摂だけでなく、デジタルデバイスを活用した金融包摂である「デジタル金融包摂」という新たな視点を持つことが金融面でのSDGsの実現を考える上で一層重要になると思われます。